北の森工房のロゴ:表紙へ 自然は芸術! その素材を生かしたい! その感動を伝えたい!

デザインの話

一期一会 私は仲人 感性を育んだ自然

一期一会

私の工房には、素材がいっぱい積んであります。みんな私が優しく樹皮をむいた、個性のある木です。私との一期一会の縁です。

私は仲人

私の作品(木工)を観て、「何を作っている人なのだろう?」または、「複数の人で作っている」と思う方が多いようです。私の作品づくりは、手に入った木からイメージ出来るものを作っています。ですから、個性が強すぎる木は何年もそのままに置いてあり、ある日、この木とあの木を組み合わせると!と閃くんです。そう、私の感性で仲人役をしているだけなのです。



感性を育んだ自然

私は、まだ自然が少し残っていた山手線の駒込で育ちました。山手線の橋の上から巣鴨方面を望むと富士山が見え、良く観にいったものです。後で分かった事なのですが、手前に連なっていたのが丹沢連峰です。小学生の時、グループで雪の陣場山を長靴で登り、しもやけになったのを思い出します。今思えば無責任な大人がいたものです。中学の時、岩山の頂上が観え、一生懸命登るとまたその奥に頂上が、の繰り返しの八ヶ岳編笠山。神奈川県の全寮制の学校から観える丹沢連峰の夕暮れ時の光の変化に、感動・憧れている時に、友人が中津川から拾って来た山のガイドブック片手に登った丹沢表尾根縦走。そこで観えた海に浮かぶ江ノ島に感動して、山へのあこがれが始まりました。冬、寒いだろうと思って、たくさん着込んで汗をビチョリかき衣類を山小屋で干したら、冬でも歩く時は薄着に成るのだと蛭ケ岳小屋のおじさんに怒られ、翌朝、エックスアイゼンで下った蛭ケ岳西斜面、今思えば無知で山に登るのは危険だと思った原点かな。30キロ以上の荷物を担いで、初めて復数日登山の秩父連峰縦走は毛布でのテント宿泊で寒く、日程を切り上げて下だった金峰山の増富温泉の温かた事。



信州山歩き地図 (長野県警察・中島豊警視提供)
 

====書きはじめたら止まんなくなってしまいました。良かったら最後まで付合って下さい====

大山の大山不動滝をノーザイルで登り、上にも下にも行けなくなりもう駄目かなと思ったこと。沢登りで滝に手をかけると、袖口から体全体に入って来る沢水の清涼感。春、ヤシオツツジを観に行った蛭ケ岳西尾根から茅が岳がやに明るく光って見えるなと話しをし、下山すると、百名山の著者深田久弥氏が山中で死亡したと知り、偉大な人の死に立ち会ったような気がした日。初めて登山経験者の指導のもとに登った正月の巻機山の濃いミルクをドローとかけたような山容。秩父東沢の岩盤の上を流れる水紋に感動したこと。熱中症の一歩手前迄なり、足首をねんざをし、戻っても進んでも2日の位置だったのでそのまま続行した朝日連峰で観た、群生している松虫草の紫の絨毯、大鳥池のばかでかいイワナ。初めて頂上まで2日間掛かった、南アの甲斐駒(伊那側からは東駒ケ岳==経済力の有った地方の地名が一般的に使われるとの事です)頂上で雲海に映った山の影。仙丈岳頂上で、これぞ高山植物と風に揺れていた小さな黄花シャクナゲ。シャクナゲと岩かがみが交互に咲いてた、秩父小川山より瑞牆山への縦走。苔を剥がしてテントを張り、翌朝その苔を戻した水晶がいっぱいの小川山。苔むした岩と広葉樹で緑一色の世界の秩父大血川支流の沢登り、最後の詰めは背中で押し上げながらの薮こき。新田次郎の槍ヶ岳開山で感動した御来迎(ブロッケン)に遭遇した12月の大滝山。上り詰めたら荒廃とした景色の奥穂ジャンダルム。グリセードで滑り降りた涸沢でみた滝のような雪崩。指がシャッターに氷付きそうに成った二月の三つ峠からみた富士山と南アの寒々とした山容。毎朝、八方尾根展望台のベット横の窓から見える雪の白馬三山、鹿島槍・五竜の山なみ(山の位置が分からなくても、すぐに連想できる山名には感心しました。)仙丈岳薮沢カール頂上から薮沢小屋まで滑り下りた時見たカモシカの死骸。平標山頂から滑り降た優雅な稜線。至仏山頂から尾瀬沼に飛び下りるガトく滑り降りた春スキー。
今日はここまで、まだまだ続きます。



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